10年間、確かに苦しい時期が有ったことは知っている。
その上で彼らにとってあの10年間が。
或いは8年間が。
ないしは5年間が。
「まぁ、総合的には楽しかったんじゃないのかな。」と思えるようなものであって欲しい。
今もそう、願って止まない。
#9月1日はちょこぼの日

- 10年間笑えていましたかと問う 光年先へ届かない問い
特別編らしく、横書きにしてみた。
というのは嘘だ。
ラストツアーでの広島での公演。
その時のライブをイメージして『SS名刺メーカー』さんで上に添付した画像を作ってみた。
ほら、ライブハウスって横長なイメージ無いですか?
Q.なんで、ファイナルじゃなくて広島公演?
A.自分にとって彼らのパフォーマンスを生で浴びたのはこの日が最初で最後だったから。
この短歌はその時の自分の感傷を切り取ったものであり、且つ2年前のパシフィコ横浜での公演から、今日までの自分がずっと抱えてた祈りでもある。
君と出会って、僕の世界が変わってく
『もっと早くからファンになって居たかったような気もするし、沼に落ちたあの瞬間がベストタイミングだった気もするし、そんな相反する思いがずっと行ったり来たりしている。』
そんな、書き出しの稿のブログページを投稿してもう2年になる。
存在するかは怪しい「ここまで読んでおいて『ちょこぼって何?チョコボール?』と思ってる人」向けに『ちょこぼ』について一旦簡単に説明する。
『*ChocoLate Bomb!!』通称『ちょこぼ』とは自分が推しているメンズ地下アイドルグループのことである。(今更であるが、今後当記事の中ではずっと敬称略である。)
2024年9月1日、パシフィコ横浜での公演を最後に、グループとしての活動を無期限で休止している。
過去の稿へのリンクを貼っておくので、合わせて閲覧して頂ければ、ここからの話がより楽しめるのでは無いだろうかと存じる。
如何か?
そもそも、当ブログを開設した理由がリンク先の稿を書く為だった。
即ち、当ブログを開設して2年経つとも言うことが出来るのだが、それにしては当ブログ。
記事少な過ぎる。
怠惰極まりない。
ReLITの47ツアーも広島公演行ったんだけどな。ブログにしなかったな。
後、この短歌シリーズもまだ続けるつもりではある。マジである。
閑話休題。
本稿の主題である短歌ではあるが、これはシンプルに彼らのアイドル活動が、彼らにとって幸せで掛け替えのないものであったことを願う一首となっている。
10年間のアイドル活動。
それがどうか充実したものでありましたように。
活動にピリオドが打たれた今、一人の在宅オタクの問いが彼らに届くことはきっと無い。
仮に届いたとしても。
更に幸福なことに問いの答えを返して貰えたとしても。
きっとそれは、オタク向けにキラキラとしたラッピングが施されたものになるのだろう。
生々しい剥き出しの本音を聞くことは一生叶わない。
そういう意味での『届かない問い』だ。
誰かの理想にならないで
でも、別にこの問いは届かなくても良いのだと思っている。
仮にそうでなかった場合困らせるしね。
なんてこと言うんだ。
……。
とは言え、この世にある職業はいずれも大変である。必ず業界外の人間には知り得ない苦悩は有るものだ。
きっとアイドルだって例外では無いはず。
そもそもアイドルという職業、一般職と比べ、自身のパーソナルを相当切り売りする職業であろうという事は素人ながらなんとなく想像が付く。
きっと、『嵐』にだって、『モーニング娘。』にだって、『CUTIE STREET』にだって何がしかの葛藤は少なからず有るのだろう。
それでも、その苦労を表に出さずに。
キラキラした姿だけを彼らはステージ上で見せてくれる。他ならぬオタクやファンを楽しませる為に。
ならば、そんな葛藤は見ない振りを貫くのがオタク側の礼儀なのではないだろうか。
だからこの問いは届かなくても良い。
そう思う。
だとしたらこの短歌も、このブログ記事も野暮でしか無いのだが、まぁこのネットの海に細波1つ立てることも叶わないか弱い一個人の矮小な感想だ。
少しくらい大目に見て頂きたい。
Fly off もう届かない果てまで
突然だが、ちょこぼの個人的に好きな楽曲の1つに『コスモ』がある。
勿論この曲はちょこぼの歴史と共にあったと言っても過言ではない、このアイドルグループを代表する一曲である。
ちょこぼどころか『パンダドラゴン』や『fixsodia』とも縁の深い、株式会社DDを代表する一曲でもあり、恐らく株式会社DD曲の総選挙を行えばかなり良い位置でランクインすると思われる名曲だ。
よってこの期に及んで通振るつもりは毛頭無いのだが、何度聞いてもやっぱり名曲だよねと言わざるを得ない。
特に好きなのがこの歌詞だ。
『君の手を掴んで 世界が狂って 大胆な妄想 転がり続ける』
コスモ───即ち宇宙というスケールの大きい物をモチーフとして掲げつつも、曲中では一貫して等身大のささやかな恋心が描かれている。
片思いをしている“君”の手を掴む、たったそれだけのことで、世界が書き換わる程の衝撃がこの曲の主人公にはあって。
でも、実際はそれさえも妄想で。
実際には世界は何も形を変えちゃいない。
なんと名文か!
壮大な宇宙と、矮小な恋心。
その対比が素晴らしい。
他人から見たら矮小でも、主人公にとっては天変地異に巻き込まれたかのような一世一代の大恋愛なんだろうな。
この一曲だけで小説が一本書けてしまいそうだ。
自分の詠んだ短歌でも“光年”という宇宙を連想させるような単語を用いている。
詠んだ際には、特に『コスモ』に着想を得ていた訳では無かった。
ただ、どんなに意志を持って手を伸ばしても届かない偶像である彼ら。
彼らを喩えるなら星だと思った。
例え地下アイドルだとしても。
そんな考えの中ですんなり出てきた表現が“光年”だった。
光年とは、光が1年間に進む距離を表した単位だ。
単純に途方も無い距離という意味でもあるが、光年という単位にはキロメートルやヤード、海里といった他の単位には無い、一方通行さがあるように思える。
我々地球人類は、星の光を一方的に浴びているだけで実際にその恒星に何か影響を与えることは出来ない。
オタクがアイドルへの祈りを詠むにはぴったりな表現ではないか。出来すぎている。
しかも宇宙関連のワードを用いることで偶然にも『コスモ』をイメージとして紐付けることに成功した。
奇しくも、自分たちオタクにとって活動休止がどれだけ大きな出来事だろうと、世間的に見るとよくある小さなニュースであることも共通している。切ない。
ありがと 君に想いを今送ろう 今日までの夢だって忘れはしない
過去の稿でも言及している通り、自分自身10年間フルで彼らのオタクをしていた訳では無い。
彼らのオタクとしては雑魚中の雑魚だ。
この稿を読んで「何言ってんだこのニワカは。」と叱られても仕方がなかろう。
でも、自分の人生の1ページに彼らの存在を僅かにでも刻めて良かった。
それは私にとっての真実だ。
……。
だからこそ、ふとした瞬間に考えざるを得ない。
オタク達にありったけの輝きをくれた彼らは。
アイドルという仮面を脱いだ7人の青年たちは。
10年間。或いは8年間。ないしは5年間。
苦しいだけの期間では無かっただろうか?
心から笑えた瞬間は果たしてどれ程有ったのか。
「楽しかった!」という模範解答を聞きたい気持ちが有る。
仄暗い真実っぽいものを知って安心したい気持ちも有る。
何も聞きたくない、自分だけの感傷に留めておきたい気持ちも有る。
きっと自分が彼らを忘れない限り、このジレンマが解消されることは無い。
なので、活動休止から2年の節目を迎える今、この葛藤ごと31文字に押し込めてしまうことにした。
2年の葛藤は、葛藤したままで綺麗に31文字に収まってしまうものだった。
短歌という表現媒体のなんとコンパクトなこと。
……。
余談だが、株式会社DDはオタクに大変オタクに手厚い事務所で、ちょこぼは非常にオタク想いのグループである。
昨年のちょこぼの日───即ち活動休止から1年後にはパシフィコ横浜でのラストライブがYouTubeにて全編無料開放されたし、横浜アリーナでの事務所総出イベント、通称『DDP』では一夜限りの復活の約束が果たされた。いや、流石に早過ぎるて。ありがとうございます。
全然、未だにメンバーの動向はSNSにて追える状態であるし、活動休止したグループのメン地下オタクとして、ここまで恵まれた境遇は中々無かろう。
今の彼らはきっと楽しく新しい夢を追っている。
新規事務所の運営を始めて表に殆ど顔を出さなくなったぱんめんさんだけが僅かに心配であるが、SNSを伺う限り7人全員それなりに楽しくやっていると思われる。
だから、こんな贅沢を考えてしまうのだろうな。
表舞台に立ってた10年間も、同様に幸せな10年間であっていて欲しいな、と。
……それこそ、そんな妄想は流れ星に願う他ないのだけど。
一読感謝。(2026.09.01)
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